さて、父の葬儀も1月5日には終わり6日には帰路についたが
正月でも札幌の火葬場はけっこう人がいっぱい。ホテルのラウンジのようなステキな所だった。まだ実感が沸かず父の思い出話で火葬を待つこと一時間半。
親戚が多いので何十回も葬式には出席したが初めての骨拾いだ。
まだ眼鏡などの副葬品がバチバチ燃えている
人を焼き上げるって大変なんだなあとか思いながら骨を拾う。母と弟と私と娘4人だけの静かな葬式だった。
自宅葬だったので前日には訪問客が十数人来ていたらしい。
こうして私の父の葬式は終わった。
墓地は事前に購入していた両親だがもう墓は建てず、納骨堂にも入れず、共同墓地に入るらしい。
今は墓もトラブル多いので潔い決断だ。私もこうありたい。
帰りの飛行機はスプリングジャパンという聞いたこともない航空会社で乗客のほとんどが中国系の方々らしい。中国語が頭上を行き交う。皆さん大声。
もちろん成田空港。
出発も新千歳空港のはじっこ。着陸も成田空港の端の端の端。
とにかく疲れた。
コタが心配でとにかくすぐ帰ってきたが
痩せこけた父の亡骸を見て、私は親不孝だなあと思うとともにコタと一緒だ!
最期は動物はこうなっちゃうんだなあとちょっと達観した。
晩年の父は足が弱って自力では歩けなかった。コタも歩けるその日までは頑張って歩いてもらいたい。
1日でも長く歩けますように